暗闇のバンパイア
その男性はいつも静かだった。
時々、独身限定の集会にやってはくるだけだった。
婚活をしているという彼だが、不思議なことにどこの結婚相談所も所属しているとは聞かなかった。
彼曰く、「数年前に結婚相談所に入ったんですけれど、あんまりうまくいかなかたった・・・。」
そういって、彼はいつも視線を上にした。
結婚して家庭をもつなら、そろそろ焦らなければならない年齢になった彼、そんなこともあって私に話しかけてきたのだろうか?
話し方も落ち着いている、一見好青年と思える彼だがどれほど高い理想を持っているのかと私が彼に尋ねると・・・。
「年下の女性なら・・・、贅沢なんか言いません。僕は一生懸命働いていますが、年収が低いので・・・、もっと給料を上げてほしいとおもうのですが・・・。」と私にいった。
誰の悪口も聞かない彼だが、唯一の愚痴は生活につながるものだった。
確かに、彼の年齢でちゃんと働いている人がこの年収なら・・・低めだなと私は思った。
彼が今まで年収のせいでお見合いがくめなかったというなら、私のところに入会してもらえればなんとかなるのではないかと思い、彼に入会の勧誘をした。
彼はしばらく考えた後、後日に私と会って入会の説明を聞くといった。
それから2週間後、彼は入会してくれた。
その前の週には、パーティー情報を彼に与えており気に入った女性がいるからということもあった。
入会してまもないからだったが、まっしぐらにお目当ての女性にお見合いを申し込んで、お相手も快く受諾してくれた。
お見合いの日程も決まり、順風満帆という状態だった。
ここまでは、幸運な男性の物語の・・・はずだった。
その翌々日から、私にとっての悪夢が始まった。
午前0時を超えた頃から、彼のメールがひっきりなしに・・・。
ウオー、ワオー、そんな擬音のものまでメールの文章に載り、私への罵声の言葉が続いた。
最初は何の事か?彼に何が起こったのか?
私にはわからなかった。
真夜中にくる彼からのメールは、物凄くおどろおどろしいものだった。
これは私にとって、恐怖だとしかいいようがなかった。
メールをとらなければよいと思ったが、どんどん加速する彼のメールは遂に強迫の文章として化した。
意を決した私は、彼と対戦するべく電話をした。
真夜中であろうと、このままでは私がつぶされる。
すでに不眠症となった私にとって、なんら心の余裕はなかった。
けれど、彼は電話には絶対にでなかった。
かわりにくるのは、メールのみだった。
お見合いの日程が迫り、私は真剣に悩むようになっていた。
当然に中止するべきだけれど、どうやって相手に理解してもらえるように話せるのだろうかと、そればかり考えるようになった。
お見合いの日程の3日前、私はお相手の仲人に明日にでも事情をいってお見合いを中止しようと決心した。
しかし、その深夜。
彼の最後のメールに「退会するからな!」という文言があった。
まさしく、これは本人の意思だった。
礼儀正しく、誠実な好青年だったはずの男性の文章は、始めと終わりの文章をみれば、別人。
ジキルとハイド氏のようなものだった。
彼の心神状態は、どんな名医でも治せなかっただろうし、どんなに徳の高い宗教家でも無理だろう。
彼はいつも孤独に悩み、そして人を求め、そして人を遠ざけていく。
最期に退会といったのは彼の少し残っていた誠実さからかもしれない。
誰よりも彼自身がわかっていることだったのだろう。
個人の秘密のために、これ以上のことはいえない。
たとえ彼が私の悪口をいろんな人に言っても、私は黙る事にした。
そして、それを知った私としては、それが誰であったかも言わない。
ただ言えることは、彼は毎晩のように雄たけびを上げながら眠れぬ夜を続けていることだろう。
たぶん、彼にはやすらぎの時はない。
彼は死ぬまで、暗闇の中でパンパイヤとしてしか生きてはいけないのかもしれない。
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