悲しい思い出13
お正月の3日になると、母は自分の身体をおこしてくれと私にせがんだ。
着替えると、今日のお薬を持ってきた看護師さんの話がわずらわしそうに聞いていた。
結局、聞いていないだろうからと看護師さんは私に覚えてほしいと言ってこられた。
車いすを病室に運んだ私は、母を車いすに乗せて動かそうとしたが・・・、実は車いすを触るのも初めてなら、人を乗せて動かすのも初めてだった。
廊下に歩いていた看護師さんを呼び止めて、車いすの動かし方から教わった。
いつもの病院だけれども、お正月はわずかな人しか病室にはいないらしく、いきかう人もほとんど会わなかった。
病棟の間際まで車を停めるように弟にいっておいた私と母が病棟玄関に現れると、弟は車から飛ぶようにおりてきた。
数か月ぶりの親子水入らずの瞬間を母と弟は心から喜んでいるようだった。
けれど、3人ともマスク姿であったのは言うまでもなかった。
(これが最後かも・・・。)
病棟を振り返って見上げた私には、ルンルン先生の言葉が重く突き刺さるような思いをおさえていた。
私達を乗せた車は、病院の出口へと向かった。
しばらくして病院の建物が見えなくなった頃、母はポツンとつぶやいた。
「もう、これが最後の外出かも・・・。」
私と弟は、母のつぶやきがまるで聞こえないかのように無言となった。
街の中の道路は車の往来がまばらで、ただただ久しぶりのドライブを楽しむようにお互いが見慣れた景色を車中からみていた。
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