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悲しい思い出38

T病院の駐車場に着いた私は、軽車両の中の母を連れ出すために病院の入口を探した。


駐車場に降りた私の視界には3棟の建物が見えたので、どこの建物に病院の受付があるのかわからなかった。


しばらくすると、男性が歩いてきた。
その男性に病院の受付を尋ねた私は、いちもくさんに受付のある建物に走っていった。


「こんにちは!電話した者ですが、車椅子をお借りします!」
玄関先を入ってすぐの受付の女性に挨拶もそこそこにして、私は病院の車椅子を借りて、再び軽車両にいる母の元へとかけていった。


母を軽車両から出そうとした時、病院の建物から看護師さんたちが助けにきてくれた。


母を無事車椅子に座らせたのを見届けた運転手の彼女は、静かに車を動かして去っていった。


T病院では、大病院から既にカルテを入手していたらしく、とりあえず母は新しい病室へと運ばれていった。


私は、T病院からの入院の説明を受けることになった。
それが終わると母のいる病室へと案内された。


母は相変わらず身体の痛みを訴えていた。
けれど、どうにもならなかったが個室ゆえに誰かに迷惑をかけるという心配はなかった。


母があまり痛がるので、私は仕方なく母が好みそうな歌を歌った。


大病院では決し出来なかったことであったが、病室の窓の外は自然豊かな山川の風景だった。


T病院・・・、街中にあった頃のこの病院は中規模の病院であったが今や保養所のような病院だった。


母が医師を目指すきっかけとなったのはT病院の当時の副院長先生であり、学生時代の初恋の人だったそうだ。
そして、その副院長先生が亡くなったときに気力を無くした母は、医師の道をあきらめてしまった。


私は母と縁があった当時の副院長先生の身内の誰かがいるのではないかと思いだしたのだった。